ラグジュアリーブランド店長ブログ

”微妙な違い”を感じ、伝えてこそ、ラグジュアリーな接客。その実現の道とは?:ブランド店長問題解決講座(76)

■衝撃を受けたエルメス・デュマの言葉

先日手にした、西村 祐子駒澤大学教授「皮革とブランド~変化するファッション倫理」という著書の中に、エルメスの元CEOの言葉の引用があり、それを読んだ時、私の中に非常に大きな衝撃が走りました。以下はその抜粋です。

贅沢品とは、生地の縫い目がしっかりしているとか、高級な革を使っているといったことではありません。
仕上がった品に触れるとき、その触り心地が違うことに、その人自身が気づけるか、モノを作った職人技に気づけるかどうかということです。
製品が自分自身を表象するモノ足りえるか、モノが出来上がりつつあるとき、それを創っている職人の手が、モノが語っていることを聴きとれるかどうかです』
(中略)~モノに宿る様々なストーリーを感じ取ることは、別の言い方をすると、モノを作っている人、それを所有する人、そしてモノ自体、という三者の関係を意識し、その中に生きることでもある。贅沢品であり続けるものは、所有する人の主体的なかかわり方を必要とする。

その言葉にインパクトを受けた理由の1つが、その数日前、あるラグジュアリーブランドブティックで受けた次のような自分自身の接客体験と重なったからです。

しばらく前から「使いやすそうなバッグはないかな」と事前にネットで検索していて、形・大きさ・素材・色などを比較して「ちょっと良さそうかも」と思うものがあり、ついでがあれば実物を見にお店に立ち寄ってみようと思っていました。ちょうどお店の近くに行く用事があり、そのバッグがディスプレイされていたので「あ、これだ」と思って手に取ろうとしたタイミングで、販売スタッフが「おとりします」と笑顔で対応してくれました。
実際持ってみて鏡で映すと、大きさ・バランスとも「悪くない」という印象でした。お値段も比較的リーゾナブルで、「問題はなさそう」という気持ちではありました。
ただ、「絶対に欲しい!」というほどではなく、初めてのブランドでしたが、「こういうモノが置いてあるなら、今後も見に来ても悪くないかな」ぐらいの気持ちでした。
それをスタッフに伝えると、「かしこまりました」という返答。多くの場合、「またお待ちいたしております」で接客はそつなく終了・・と私自身思っていました。

しかし、そのスタッフは違いました。「そこまで強いニーズを持ったお客ではない」ということを前提にしつつも、「せっかくお立ち寄りいただきましたから、是非こちらも一度お試しになってみてください」とブランドのアイコンバッグを持ってきました。それも確かにネットで見ていましたが、画像ではそこまでインパクトはなく、その割にお値段がかさむため、対象外としていた製品です。「押し付けられても買えない」という私のちょっと緊張した表情を読み取ってか、「ちょうど1点入荷したばかりでめったにないものなので、触ってご覧になるだけでも」とすすめてきました。そこで、おそるおそる触ってみると、その革の柔らかいこと!!非常に薄くて、柔らかくて、温かい。且つしなやかなため、ふわっと包まれている気持ちになり、ずっと触っていたい気分で何度も優しくなでてしまいました。持ち上げてみると非常に軽く、体にもぴったりフィットし、色合いも深みがあります。見た目以上に五感で感じるインパクトが強く「素敵ですねえ!」と感動を伝えると、スタッフ自身「私も最初に持った時にびっくりしたと同時に感動したんです」と一言。その後、「実はもともと上質な皮ではありますが、ここまでしなやかに美しく作り上げるには、本当に高度な職人技が必要で、たとえば・・・」とこだわりや製造プロセスを丁寧に説明してくれ、私自身のめりこんでその話に聞き入ってしまいました。「だからどうしても数多くは創れず、今日こうしてお手に取っていただけて私も嬉しいです」と話すスタッフの表情からは、本当にそのバッグのすばらしさを一人でもじかに感じてもらえる機会を創れて嬉しい!という実感が伝わってきました。
当然簡単に買えるお値段ではないため、「考えます」となりましたが、その後も革の感触が余韻として残り、帰宅途中に製造過程のYoutube動画を見ながら「職人さんがこんなに丁寧に作っているんだ」とそのブランドのワールドに自ら没入してしまいました。「革と対話しながら作品を創れる職人の存在」こそがそのブランドのコアバリューの1つで、普段は見えないそのプロセスの”違い”を、完成品を通して実感させるのが、店頭のスタッフの仕事でもある、と言うことを改めて強く感じた体験でした。

■スタッフ自身、”違い”が分かる、”違い”を伝える重要性

画像や一見しただけではなかなか見分けられない”違い”をしっかり掴んで、実際に何がどう違うかをわかりやすく且つ魅力的に伝えられるスキルはプロフェッショナルの一つの証と言えるのではないでしょうか。たとえば、私のような素人が「ま、それなりに美味しい」と思っていただいた食事に対しても、プロの料理人は、ほんの一口、口に含んだだけで、「これには〇〇と××と▼▼が入っていますね。ただ、微妙に〇〇を入れるタイミングと、全体のバランスが崩れているのが惜しいです。もう1滴〇〇を~する前に足すと良いのでは?」とアドバイスできたりします。すなわち、プロはその分野における微細な違いを見分ける能力が磨かれているということです。あるブランドブティックのVMD担当は”1ミリの角度の置き方の違い”が大きな見え方の違いになることを良く知っています。

ブランドブティックの販売スタッフもプロとして高額商品を扱っています。となると、求められるスキルの1つとして「置いてある作品に関し、1点1点、微妙な違いを感じ取り、且つそれを伝えるスキル」が挙げられます。
「こちらは上質な革を使っておりまして」「軽いです」「柔らかいです」「傷がつきにくいです」は、素人レベルです。
素材の微妙な違い、加工プロセスにおける微妙な違い、0.1グラムでも軽くするための工夫、努力、本来傷つきやすいものを目立たなくするためのこだわった加工法、など一見すれば「似たような革」ではあっても、一つとして同じ革はないレベルに至らしめるプロセスに精通しておく必要が出てきます。

価格改定ラッシュで値上がりが続き、お客様から「随分お高くなったわね」と言われることも多い昨今の状況を踏まえても、改めて自店のスタッフが、職人技のすごさとそれを継承する重要性を正しく理解して、お客様に”違い”を明確 且つ 魅力的に五感を使って伝えることができているかどうか、今一度店長としてチェックしてみる良い機会かもしれません。

★関連記事→心に刺さるブランドストーリーを語れていますか?そのポイントとは?:ブランド店長問題解決講座(71)

★お勧め本→『新しい店長のバイブル~業績を上げ続ける店舗はこうして創る!』(PHP)

★ラグジュアリーブランド研修についてはこちら→ラグジュアリーブランド研修シリーズ

 

 

 

 

 

 

PAGE TOP